茶道関連の本をわりと読むのですが、最近読んだ中で一番面白かったのがこちら。これ茶道や歴史にそこまで興味ない人でも面白いんじゃないかな。検索したら毎日新聞の書評があったのですが、のっけから「名著である。」で始まる。わかる。
ワビサビという言葉もありますが、日本人てやたら経年劣化でボロボロになったものとか素朴なものとか左右不対象のものとか好きですよね。金継ぎとか。ヴィンテージのデニムがやたら人気なのも繋がるような。民藝とかね。
それは日本の文化の最初からそうだったわけではなくてだんだんそうなっていったんだけども、どういう流れだったのか?ということが茶の湯の歴史とともに読める本です。
しかし昔から思うのですが、「あえての素朴」「あえての田舎趣味」みたいなのが好きでその道のカリスマになるような人って、大抵生まれながらの都会のセレブですよね。ボロボロとは逆の豪華な名品も大いに見て育ったような。そしてそれはなんか分かる。極まるとそっち行くしかないんだろうなあという。
民藝の柳宗悦は生粋の東京のインテリお坊ちゃん、利休を始めとする侘び茶のカリスマたちもみんな堺の豪商とか。世界有数の姫だったマリー・アントワネットもヴェルサイユの中に田舎テーマパーク的なものを作って木綿のシンプルドレスで楽しんでましたし。今でいうなら森泉・森星姉妹とかね。そういうものなんだろうな。
『49冊のアンアン』椎根和
その初期のアンアンの編集部員だった椎根和氏による創刊から49号分(!)の詳細な回想録。中から見ていた人にしか書けない内容で興味深く面白いです。オリーブ編集長になる前の淀川美代子さんもいます。
椎根さんの語り口も個性的で、当時としてもぶっ飛んでいるまさに弾丸のような海外や日本全国での撮影スパンやスケールもすごいのですが。
読んでいて私が改めてあっそうか、となったのは、初期のアンアンってとにかくずーっと金子功さんが衣装を担当していて、奥様である立川(金子)ユリさんがモデルなんだなあということです。いや知ってはいたのですが、想像以上に基本全部そうというか。
つまり皆さんも見覚えあるかもしれないこれとか、
これとかもユリさんだし服は金子さん。知ってはいたけれども、でもそうかそうだよなあと。
ちなみにこれは背景のイラストが原田治さん。そうあのOSAMU GOODSの。
つまり日本ファッション誌史上の金字塔である初期アンアンに載っている服って、何を置いても「金子功」なんですよね。設立当初のコムデギャルソンやMILKやKENZO等も載ってますが、それよりなにより金子功が作った大量の衣装によって誌面が構成されている。そしてその創作のミューズは奥様のユリさん。これ、普通に大きなことだよなあ。
あと以前『ラグジュアリー産業』を読んだときにふと思ったのが、日本にルイ・ヴィトンを紹介した最初期の人ってアンアンの金子さんとユリさんだったような?ということ。これ一応記憶が正しかったみたいで、1970年の第3号でユリさんとともに金子さんのヴィトンコレクションが写っています。日本の女性誌でヴィトンが大々的に紹介されたのはこれが初とのこと。そしてこの記事への読者の反響がすごかったらしい。
つまりベルナール・アルノーが世界一のお金持ちになった発端の発端は、半世紀前の金子夫妻のパリ土産選びが上手すぎたせいです。極論すぎ。でもまあ2%くらいはマジでそうかも。当時のアンアンは後に与えた影響が多大なわけなので。
金子功及びピンクハウス周りのことってきちんと総括しようとすると何気に相当難しそうな印象があります。であれほど独特かつ一世を風靡したにもかかわらず、おそらく未だにきちんと論じられていないという。
かように、大きくもどこか掴みどころのない不思議な存在感の金子功氏なのでありました。